

佐藤:9月末、ライトノベル大賞の募集にもついに締切がやってきます。そこへ向けて最後の追い上げをしている… そんなころでしょうか。その作品が、いったいどんな人に届いてどういう風に読まれるのか、気になるところだと思いますので、そんなところも伝わるといいんじゃないかな、といった趣旨も込めまして、今回はちょっと変則的なガガガトークです。
仲俣:僕は小説の賞の審査員というのははじめてなんですよ。でも、いろんな新人賞の下読みを3、4年やってきているので、応募作に触れる機会自体は、これまでもかなりあったんです。
佐藤:ちなみにその「下読み」というのは──。
仲俣:賞によって微妙に違うと思うんですけど、審査員とか選考員とかいって名前の出ている人というのは、大体、最終選考に残った数作しか読まないんです。時間の問題もあるし仕方ないですよね。なので、大量にくる応募作をその前段階でふるいにかけなければいけないんですけど、その第1段階で行われるのが「下読み」ですね。第1次選考、ないしは2次選考で、下読みチームで手分けをして全作品に目を通します。これが通常の選考方法。だけど、僕が選考委員をやるとしたら、その方法はとりたくないなと思っていました。なので、ガガガ文庫では、もっとはじめの段階から関わらせていただくことにしたんです。
森本:僕は映像の審査員というのは、何度もやっているんですけど、テキストの選考ははじめて。なんでライトノベルに関わろうと思ったかというと、それはライトノベルにめちゃくちゃ可能性を感じたからなんですよ。流行とかそういうことではなくて、もっと違う何かが起こりそうな予感がすごくある。なので、こうして参加できて、わくわくしてます。
佐藤:そのスタンスって僕や編集部も含めて、みんな同じなんじゃないかって思います。純粋にドキドキしたりワクワクしたりしたい、という。仲俣さんと森本さんは、ライトノベルというものに関してどんなイメージを持っていますか。
仲俣:そうですね。いろんな賞で応募されてくる若い人たちの作品を見ていると“ライトノベル"と“ライトノベルじゃない小説"のはっきりとした境目は、どんどんなくなってきてるように感じますね。今、物語を書くときのみんなの経験のベースは、小説だけじゃなくて、漫画、映画、アニメ、ゲーム… と広がってきてるのは共通してるだろうし。どこに応募するかっていうのは、どこで本が出したいかっていう希望なだけで、作品自体の線引きはもうあまりできない気がする。
森本:自分はイラストのせいではじめは遠巻きに見てましたね。やっぱり相容れない部分があった。ウチのこどもがライトノベル好きなんですけど、カミさんなんかは、いかがわしいものを見るような目で見てたりしてましたよ。ちょっとエロ本扱い、みたいな。でも、読んでみるとわかるけど、“そういうこと"じゃないんだよね。当たり前だけど「カワイイ女の子に萌え〜」っていうだけじゃない。逆に、いわゆる文学といわれるような昔の小説にだって、これライトノベルの文法だよねっていうものがたくさんあるじゃんと思ったしね。
森本:ただ、そうやって絵で退く人も多いっていうのは、ひとつの事実ではあると思う。この絵だから良いっていう人がこのジャンルを支えてるのかもしれないけど、そろそろ、もうちょっとバリエーションがあってもいいよね。自分もオタクなんで言うんですけど──こういうオタク向けのパッケージばかりじゃなくてもいいんじゃないかな。頑なに「ライトノベルはこうあるべき!」なんていうこと自体がおかしいことでしょ?と思う。
佐藤:かつてのアニメがまさにそうでしたよね。もともとアニメも、テレビの中でアウェイな位置にいた。「そんなの見てるんじゃありません」的な。でも、今じゃ、金になるかもなんて大人たちも思い始めて、国まで動くようになって。
森本:そうなんだよね。声優にも女優さんとかタレントさんが率先してつくようになってる。
佐藤:主題歌もJ-POPの人たちなんかは、昔はたぶんアニメの歌なんてイヤだったと思うんですけど、今はアニソンの枠は争奪戦になってますからね。かつてのCMとかドラマ主題歌のように。僕は、ライトノベルもそのくらい、高い訴求力、影響力を内包してると思うんですよ。でも、ライトノベルに関わっている人たちは、どうも自らその枠を限定していっちゃってるように見える。売り場の隔離感にも一因があると思いますが。
仲俣:普通に本屋に行ったら気がつかない場所にあるよね、大抵。
佐藤:お客さんもそうであることを望んでいるのかもしれないし、ある意味でアングラでいたいって気持ちもあるのかも。
森本:広く一般に受けるようにしていっちゃったら、オレたちつまんないよっていう気持ちは、わかりますからね。
佐藤:というか、そもそも小学館が参入するっていう現象自体が、もはや、そういうニュアンスで捉えられている気がします。流行ってるからやってるんでしょ?みたいな話は、当然出てくるだろうし。まあ、当然、そういう背景も無関係ではないですよね。だって、それは、本屋さんだからさ、小学館は。売れる本を作ってナンボというところは避けられないわけですよ。
じゃあ、売れるものを作るために、ライトノベルレーベルを立ち上げるために、どういう作品を求めているのかって話になりますよね。完成度が高いものを求めているのかといえば、そもそも、ライトノベルというジャンル自体がそれを求めてないんじゃないかいう疑惑もあって。『ライトノベルを書く!』でも各作家さんが語ってますけど、すべての項目の平均値を高めるというよりは、世界観であったり、キャラクターであったり、何かひとつの突出したインパクトを持つことが大切なんじゃないか、と。『ライトノベルを書く!』では、とくにプロットを重視しようっていう意見が多かったですね。
編集A:そこはやっぱり、作り手の感覚がゲームクリエイターに近いというか──それはPCの美少女ゲームもテーブルトークRPGも含めて、ですが──やっぱり密接な繋がりがありますよね。ゲームは基本ケツまで決めて取りかからなければ、絵もなにも決められませんから、そういうことからもみんなプロットはちゃんと作らないとダメだって意識が共通してるんじゃないでしょうか。分岐するにしても、その箱の中でどう動かすかという選択になる。そういう傾向にあるようですね。
佐藤:でも、別にプロット至上主義というわけではないんでしょう?
編集A:もちろん、そういうことではないです。ライトノベルはキャラクター小説と捉えられもするように、キャラクターも重要ですし。でも、いくらキャラが良くてもお話がしっかりしてなければ、ちゃんと動いていかないわけですから。キャラを活かすためにもプロットは必要だと思いますよ。
佐藤:ともすると、ダブルスタンダードを内包しているのかな、とも思えますね。その辺の橋渡し役が、ライトノベル大賞であり、審査員ということになるのかな。
編集B:うちの文庫に関して言えば、基本的には賞の受賞がどうとかいうより、その後、編集者が作家さんひとりひとりと、どうつき合っていけるかにすべてがかかっていると思っています。それは、大さんやトークにでてくださった方々、それに選考委員の森本さん、仲俣さん、冲方さんとの付き合いにも言えること。基本的に人の繋がりで参加していただいていますからね。お金出しますから名前貸してくださいというスタンスでお願いした人はひとりもいないんですよ。たとえば、森本さんや仲俣さんなんて、ライトノベルにまったく関係ないように思えるかもしれないけど、でもライトノベルをポップなものとしてとらえるならば、このふたりの参加も必然だと思っています。
佐藤:確かに、みんな、能動的に集まってきてますよね。冲方さんにしても初回のトークの段階では、選考委員に決まってたわけじゃないですしね、実は。
編集B:そう。大さんや選考委員のみなさんも、編集部の一員と思ってもらってもいいくらい。お金のことに関して言えば、はっきり言って、割が合わないと思いますし(笑)。
佐藤:お、言った(笑)!
編集B:なので、反対に、「先生、お墨付きください!」というような気持ちで大賞に応募してこられても、それには応えられるかどうかわからないですね。そうではなくて、僕らと一緒にひとつの作品を、そして、ガガガ文庫を作っていってくれる人と出会いたい。だから、そういう意味でも、応募作自体の完成度はあまり求めてないんですよ。もちろんあるに越したことはないけれど、それは一緒に練っていけばいいことだから。選考委員にしても、来年はまた変わるかも知れないけれど、でも、今年の委員の方々との繋がりがなくなるわけじゃなくて、別の企画を一緒にやってるかもしれない。要は、チームとして、魅力的でありたいと思っているんです。
佐藤:そうですね、まさにそういうお話だったからこそ、僕もこのプロジェクトに関わっているわけですし。この箱が楽しそうだった、というのは純粋にありますね。僕、昔、好きだった音楽のシーンがまだなかったころ、日本にそのシーンをつくりたいと思って、音楽レーベルを立ち上げたんですよ。今、そのころと近い匂いも感じています。まず、箱を用意して、そこから出す作品を集めてという作業。わくわく感がありますよね。文庫立ち上げって、やっぱり祭だと思うんですよ。そしたら、やっぱりその御輿は担ぎたいじゃないですか。担がれたくはなくても、担ぎたい(笑)。
仲俣:文化祭で一番楽しいのは、準備期間ですからね、やっぱり。だから、僕も最終選考に残ったものだけを読むのではない関わり方をさせてもらうわけで。こうやって座談会をやることもそうだし、創刊に向けてみんなといろいろ話したり、そういうプロセスを踏んでいけることが、僕にとっても大切なことなんですよ。
佐藤:僕は、もう本を読めば立派な当事者だと思うし、祭の参加感を感じてもらえたらなと思いますね。コンサートとかでもそうだと思うんですよ。ステージでどんなにいい演奏してても、客がひとりもいなかったら、ひっどいものになると思いますよ。でも、そこにひとりでもお客さんがいるだけで、全然変わってくる。そして、それが何千人、何万人になってきたら、もうどんどん変わってくる。それは、ステージの上だけの問題じゃないじゃないですか。そういうことが、小説でも言えると思うんですよね。
森本:ああ、絵を描いていても、それはほんとにそう思いますよ。
仲俣:音楽レーベルの話がでましたけど、ここが、ライトノベルの重要なポイントなんじゃないかと思いますね。いわゆる純文学の本は作家単位で、どこの出版社からでてるのかは、もうあまり意味がないんですよ。だから、ライトノベルの「このレーベルから本を出したい!」「このレーベルの本なら面白そう」みたいな感覚があるのって、すごくいいと思う。イラストによるジャケ買いがあるあたりもちょっと音楽に近いでしょ。ライトノベルの世界を外から見ていると、その盛り上がり方は、ちょっと眩しく感じますよ。

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1959年生まれ。アニメーション監督。大友克洋監督「AKIRA」の作画監督を経て、監督となる。ケンイシイのPV「EXTRA」で描いた独自のサイバーSFが国内外のアーティストから注目を集め、GLAYや宇多田ヒカルのPVまでを手がける。03年には「アニマトリックス」の「Beyond」がハリウッドで絶賛されるなど、世界がその才能に注視する映像作家。そのほかの代表作に「彼女の想い出」「音響生命体ノイズマン」「永久家族」などがある。

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1964年東京生まれ。フリー編集者、評論家。情報誌やデジタルカルチャー誌の編集者を経て、純文学からエンタテインメントにいたる現代文学、インターネット文化などの同時代の表現を幅広く論じる文筆活動に入る。著書『ポスト・ムラカミの日本文学』、『極西文学論 Westway to the World』、『〈ことば〉の仕事』ほか。
2006年09月12日
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