東浩紀×イシイジロウ×佐藤大写真(東浩紀×イシイジロウ×佐藤大)ヴィジョン亡き時代にこそ有効な作法とは??

佐藤:宮藤官九郎が、あるインタビューで言ってたんですけど、あるとき全9回のドラマのストーリーを考えなくてはいけなかったときに、草野球ものを思いついたと。全9回だったら、そりゃ野球しかないだろうと(笑)。

東:うまい(笑)。

佐藤:彼は、全9回という縛りの中、1話で1回分、40分枠なので表裏20分20分、というルールを自分でつくってた。そうやって、ルールを自分でつくっていかないと良いものにならない気がするし、逆に、そのルールに絡め取られそうになって抵抗するときに、さらに良いヒラメキが生まれる可能性があるんじゃないかと思う。

イシイ:むしろ、それを意識してできる人じゃないと、一流になれないのかもしれないですね。

東:ワープロが普及する前は、小説を書くには原稿用紙に手書きという作業だった。でも、原稿用紙100枚書くのは肉体的に厳しいんですよ(笑)。中高生が学校や部活の合間にやるにはかなりキツい。

佐藤:あれはキツイですよね(笑)。

東:でもコンピューターだと問題ないですよね。ブログ10日分書いたら、原稿用紙100枚って感じでしょう。逆に言えば、そういう点で、最近はゲームも小説も誰でもつくれる感じがしてるんだと思う。けれど、実際には、自分で自分の外側にルールをつくって、それを乗り越えるようなプロセスがないと、良いものは生まれない。

佐藤:たとえば、賞を獲ってデビューできたとしても、2作目以降は編集サイドのオーダーにも応えていかなくちゃいけない。さらに、クライアントの意向とか、いろんなハードルが出てきますよね。それは、ミュージシャンも映画監督もみんなそう。そのときに、自分内ルールがなかった人は、他人のルールに絡め取られてしまって、2作目がうまいことつくれないというケースが増えている気がしますね。でも、自分のルールが1作目にあれば、2作目で他人に何をリクエストされても、ルールに沿って進めることができる。ルールに合わないものは外すけど、合うものは取り入れて、増幅させるみたいなやり方が、プロとしての次のステップなんじゃないかと思います。

東:自分の外側にルールを作る、というのは、テーマといってもいい。

佐藤:自分の世界って、自分でつくれると思うんですよ。たとえば、さっきのクドカンで言ったら、野球じゃなくて落語だったらどうなのかっていうのも『タイガー&ドラゴン』でやってますよね。あと、ライトノベルで言ったら、『涼宮ハルヒ』を読んだときにも、作家の谷川さんの作ったルールを感じましたね。1巻を読んだときに「うわ、これキツいルールつくったわ!」と思った。主人公であるキョンがハルヒを好きで、ハルヒもキョンのことを好き。そして、キョンの一人称で物語が進むにも関わらず、相思相愛がほのめかされていく、ということを1話目でやってしまっている。このルールはキツいでしょ! でも2巻目でも成功している。ヤルな、と思った。

ブームだろうがそうでなかろうが/お題があると燃えるよね/「ルールを利用する」

イシイ:小説でもゲームでも、巧いなと思う人たちには、TRPG(テーブルトークRPG)を通ってきた人が多いと思うんです。今はキャラクターものが流行っている。たとえば、綾波レイ的な娘をあるパターンにハメてみよう、みたいに、キャラクターの設定からストーリーを転がそうとするわけです。
でも、TRPGをつくった人間というのはルールで勝負しなくてはいけないんですよ。ゲームではユーザーたちがいろんなこと言うわけですよね。それに対応するものをつくるから、ルールが厳しいんですね。どうとでも対応できるし、どう転んでも面白くなるようなルールをつくっておかなくてはいけない。それがつくれる人間は、キャラが立ったものでもワンパターンに走らないものをつくれるはずだと思ってます。今度、うちの社内でTRPG研究会を、昔やってた人間を引っぱり出してやろうかなと思ってるんですよ。

佐藤:おお! さすがです(笑)。

イシイ:最近は、映画のDVDを見ながら、1分単位でシナリオ分析をするみたいな作業をするんですが、そこからわかることは、シナリオにはパターンがあるということ。そこから一歩進んで、パターンを壊したい、新しいものをつくりたい、となったときが難しい。もしかしたらライトノベルのストーリーテリングというところでも、そこにヒントがあるのではないかと思うんです。

佐藤:なにか商品をクリエイトするってことは、パターンをつくって壊すことの繰り返しなのかもしれないですね。

イシイ:その点、TRPGは壊すことが前提ですからね。壊すヤツらが1:5ぐらいでいるわけですから。『うる星やつら』ともそうかもしれないですけど、案外、寡占した状況、この中でなんとかしなさいというお題があると燃えるのかも。

佐藤:落語でも「三題噺」というお題があるわけじゃないですか。その縛りで話をつくらなくてはいけないというルールは、物語をつくるルールとしていいものですよね。人を楽しませるという意味でも。そういう話芸的な訓練ができていると、実はライトノベルって面白いと思うんですよ。一人称が多いですし。
谷川さんで面白いと思ったのが、自虐っぽさもありながらも自己顕示欲の強い若者をうまいこと書いているなと。そこが、平井さんの初期に近いなと思ったんです。アダルトウッドガイ、自虐も入れながら自己顕示欲の強い一人称の文体を使っていた。売れる理由はすごくわかりますね。

イシイ:そういうライトノベル系の一人称文体と、ギャルゲー系の文体って、似てますよね。

佐藤:似てる似てる!

イシイ:でも、そういうの全般を断固として受けつけない人がいますよね。以前、ダメだといった人に、じゃあこれはどうだ、とハードボイルドの小説を読ませたんですけど、やっぱりダメで。ハードボイルドと似てますよね。理屈とか知識とか披露しながら、結局、自分のことばっかり話しているし。

佐藤:大藪晴彦とかね(笑)。

イシイ:それが、いける人とダメな人がいるわけですけど、もしかしたらハードボイルドからの流れが、キャラゲーの中にも受け継がれているのかもしれませんね。

佐藤:そうですね。『ブラックマスク』シリーズとか、当時のあの周辺の作品は、表紙にイラストがついててペーパーバックだったりするし。ヘタするとライトノベルの原点に近いのかもしれない。セックスアピールもバイオレンスもあれば、殺人ものや探偵ものがある。ジャンル分けがすごくしやすい。新本格推理もその流れにあるのかもしれないですよね。構造だけは盗むけど、その中に住んでる人たちのルールは入れ替わって、現代劇だったりする、と。やっぱり、あえて「ルールを利用する」という物語の構築方法も、すごくアリなんですよ。

等身大の青春に逃げ込んでしまう/本当に売れたものとか届いたものって/、突っ込む余地がないのかも

東:でもね、いちばんの問題は、ライトノベルがどうとかいうことではなく、ズバリ、おもしろい物語ができるかどうかです。

佐藤:もちろん、そうです!

東:ライトノベルがブームだろうが、そうでなかろうが関係ない。問題は、いま物語をなにを根拠に作るかです。たとえば90年代にはSFが低調だと言われてた。これをめぐって論争があったけれども、多くの人がそう思ったのは事実でしょう。その理由ははっきりしていて、要は社会全体に未来のイメージやビジョンがなくなったからです。サイバーパンク以降、それは変わっていない。宇宙にも行かないだろうし、神経接続もいいかげん飽きたな、みたいな感じ。SFには書くことがなくなった——というより、SFに対して社会的な期待がなくなってしまった。

イシイ:『マトリックス』で、ちょっと変化しましたよね。ネットがそこに入ればこうかなという感じで。

東: いずれにせよ、90年代後半にミステリーが盛んになった理由はここにあると思います。ミステリーにはルールがある。ビジョンがなくても、規則(コード)をいじることで物語を書くことができる。これはひとつの強みです。そしてそれは、今回のライトノベルブームの起源のひとつになっている。ところが、清涼院流水から「ファウスト」に至る流れで何が起きたかというと…

佐藤:ルールも壊していいと。

東:脱格だかなんだか、とにかくなんでもアリになった。で、とうとう「等身大の青春」ということになっちゃった。

佐藤・イシイ:(大爆笑)。

東:けれど、これは新人にはむしろキツいわけです。

佐藤:ちょっと純文学っぽくなってきてる、みたいな。

東:ある新人賞の下読みをやってる友人がいるんですけど、頭抱えちゃうくらい、みんな同じ話ばかりを送ってくるようです。死んだり生きたり、トラウマがあったり傷つけ合ったり。「等身大の青春」だけでは、実は平凡な物語しかでてこない。あたりまえですね。

イシイ:一方、レビュー系ブログでも、それをすんなり受け入れて平和に書評が書かれていると…。

東:等身大の僕を描いて、等身大の人々に支持される。それは確かに可能でしょう。昔だったら「小説書きました。でも、誰が読んでるんだ?」みたいな状況があったと思うけど、今はネットで検索すれば読者は見つかる。この点で、10年、20年前とは、状況はまったく違っていると思います。それがうまい具合に働けばいいんでしょうけど、大抵の場合は、それによって、作者自身が自分の方向性を調整しちゃう結果になっている。みんなの期待に応えようとしてみたり、逆に反発しようとしてみたり。無意識にだとしても、どこか作用してしまう。

イシイ:昔はこんなにダイレクトにこなかったですからね、バッシングも(笑)。

佐藤:『ケイゾク』を撮影していた頃、堤監督と話したことがあるんですけど、4話まで、ネットでのバッシングがすごかったらしいんですよ。トリックがひどいと(笑)。で、5話目から「人間の業とトラウマ」ってことで行こうと方向性を変えたらしいんです。そうしたら、ブームになっていった。それはネット黎明期に、ネットがイイ感じに作用した例だと思いますね。今はそういうふうに作用してる例は見受けられないですよね。

東:最近は、「ウェブ2.0」とか言われているように、ネットのシステムも大きく変わってますしね。「あるひとつのブログについて語っているブログ」みたいに、連鎖をたどるのがすごく簡単になっている。

イシイ:うちの会社のゲームで面白い傾向だなと思っているのは、すごく売れたものほどネットでの反応は静かだったりすることなんです。不思議なんですけれど、小ヒットぐらいの作品の方がすごく反応がでかい。たとえば『ポケモン』みたいなものって、他の10倍売れててもネットで10倍は騒がれないでしょう。

佐藤:…おお、確かにそうですね!

イシイ:本当に売れたものとか、本当に届くものって、実はネットではあまり騒がれないんですよねー。

佐藤:浦沢直樹って騒がれなさそうですよね(笑)。あと『スラムダンク』とか『バガボンド』とか。完成度の高い作品には突っ込む余地がないっていうことなのかな。

東:完成度とは関係ないと思いますが……。ともかく、そこに今回のブームの落とし穴があることは確かでしょう。

佐藤:本当に売れてるものとの間に、すごい溝があるってことですね。

東:新城カズマさんが言っているように、ライトノベルは、ジャンルとして定義できないジャンルです。アニメっぽい絵がつけば、SFでもミステリでもライトノベルになりうる。いわば「ゼロジャンル」です。だからこそ、危うい状況がある。ライトノベル特有のルールがないのであれば、個々の作品に別の根拠を作るしかない。

佐藤:そして、潮流に流されるんじゃなく、確固たる個人のルールをつくる。これが現状打破のキーかもしれませんね。

以下、次へ続く!!!! 7/12更新予定!!!!

東浩紀東浩紀
1971年生まれ。哲学者・批評家。専門は現代思想、表象文化論、情報社会学。1993年にデビュー。1998年に出版した思想書が話題となり、新世代の批評家として注目を浴びる。現在はオタク系サブカルチャーの現場に批評家として関わるかたわら、国際大学グローバル・コミュニケーション・センタ(GLOCOM)で情報社会学の研究を行っている。主な著書に『存在論的、郵便的』『動物化するポストモダン』。

イシイジロウイシイジロウ
1967年1月28日生まれ。兵庫県出身。リクルート、カルチュアコンビニエンスクラブで広告制作・映像制作を学び、日本経済新聞社グループ日経ビデオバンクに入社。96年同社にてなぜかゲーム制作を開始。『Little Lovers』など実験作を制作後、2000年チュンソフト入社。『3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!』で第9回 CESA GAME AWARDS優秀賞を受賞。現在サウンドノベルシリーズの新作を開発中。



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2006年07月05日

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