冲方丁×神山健治写真(冲方丁×神山健治×佐藤大)一億総執筆時代に突入!!!!

佐藤:今回、おふたりに来ていただいたのは、最前線で活躍されているクリエイターであるというのはもちろんなんですけど。神山さんは小説や漫画を映像化する立場、冲方さんは小説や脚本がそれが映像化される立場、ということで、その両側からこれからの活字の在り方、文庫の在り方というのを探っていければと。
そもそも最近、文庫という形態の本って、読まれてますか?

冲方:本自体、仕事で読むばかりなので、本当に純粋に心に残ったものというと10年前の作品になってしまったりしますよ。新幹線で移動中のときに、献本していただいた本であったりを読んでいますが。でも、一番最近読んだ文庫っていったら、萩尾望都の『トーマの心臓』になっちゃうんですけど(笑)。

佐藤:あ、漫画文庫っていうのも、ありますよね。あんな小さくなってるのに文字潰れてなかったりして昨今の印刷技術すげーっていう(笑)。神山さんは、いかがですか?

神山:僕も読まなきゃならない仕事関係の資料が多くなっちゃってる。でも、文庫の良さって、待ち合わせ中に「読むものないや」とか思って、近くの本屋でさくっと買って読む… みたいな気軽さ手軽さだったと思うんですよ。でも、ここのところそんな場面でも、いままでに読んだことのある本を買ってる。新しい作品に手を出す気になれなくて。で、良く冗談で云うんだけど、もう読み手より書き手の方が多いよ、と。

佐藤:なるほど。

神山:漫画にしても小説にしても、もはや、もうそういう状況でしょう。

佐藤:個人のブログとか見てても、ほとんど私小説ですもんね。

神山:一億総ブログ時代。でも揶揄してるみたいに聞こえちゃうかもしれないんですけど、ブログっていうのは、やっぱり消費なんだよね。一見クリエイト行為に思えるんだけど、これは消費なんです。で、プロのクリエイターにもそれは言えて、最近の作品は消費的になってきてる。新しい何かをつくっているのではなくて、なにかを消費しつつそれをアウトプットしているだけっていう状態。だから、手を出さなくなってきてる。新しい情報はそこにはない、という感じで。

増殖し、そして淘汰/活字の映像汚染

冲方:そういう書き手が多くなってきているのは確か。自分が観たもの読んだものを、そのまま書いている人は多い。ただ、僕からすると、もっともっと多くなって自然淘汰される段階に移らないとダメなんじゃないかと思う。でないと、全体のクオリティが底上げされないから。はじめは良いとしてもそこから抜け出して、新しいものを書こうとする人が増えていかないとダメですね。

神山:あとね、映像化する立場からすると、最近の小説は、はじめから映像と結びつきすぎていて、いちいち映像化する必要性を感じられないんですよ。
たとえば、海外のSFって、1度翻訳を挟んでいるから、読み難いことこの上なかったりするじゃないですか。

佐藤:はいはい(笑)。

神山:とくに『ニューロマンサー』とかのサイバーパンクの頃とか。新しいインフラが世に登場した瞬間って、誰も見たこともないもの、こんなのあったらいいなってものを無理くり捻り出してるから、もうなにがなんだかわからない(笑)。

佐藤:造語を翻訳してますからね。

神山:そうそう。でも、そこが良かったんだよね。文書の中で単語がアイコン化してて、そういうところが二重フィルターかかって面白かったり。よく「映像化不可能」とか言われるけど、それは映像汚染受けてないから。そんで、そういう不可能と言われるような作品を映像化していくのが、僕らの商売なわけ。そういうところでモチベーション上がるわけです。
でもそれが、「これってあの映画のあのシーンだな」とか簡単に想像できちゃうものだったら、それをわざわざつくろうとは思わない。映像を活字に変換しただけのものをもう一度映像化しようとは、僕には思えない。
“活字の映像汚染”が激しすぎるんです。書いてる人は狙ってるのかもしれないけど、絶対、アニメ化なんてしないぞ!という(笑)。

佐藤:でもライトノベルの編集さんとかは、絶対狙ってますよね。映像化を考えてイラストレーターさんとか、チョイスしてる感じですもんね。

冲方:いや、それは、そうでもないんですよ。そこまで狙ってやれる編集者は少ない。そういう意味では、編集者ももっと数が出てきて、それで淘汰されないと、いけないんでしょうね。現状では、作家の方に注文しちゃうんですよ。読者がわかりやすいようにしてくださいって。
僕、『マルドゥック』でずっと「なんで天井歩くの?」って言われ続けてきたんですけど、『マトリックス』が出てから、ぱったり言われなくなったんですよね。

神山:あー、当たり前になっちゃったんだ。

冲方:書いてから、実際に市場に出せるまでの壁って、かなり厚いですよね。その壁を乗り越えるために、なるべくわかりやすくしていくんですが、でもそれが、新しいものを生み出すことの弊害になってる部分もある。

神山:そのジレンマはつきまとうでしょうね。どこかで見たことあるものを書かないと通らない。でもどこかで見たことあるものだけを書いただけでは、何も突破できない。
僕も昔、どうしても通らなかった企画があるんだけど。主人公がはじめから天才、っていうやつ。昔は少年漫画でも小説でも、凡人の主人公が成長していく過程を描くのがエンタティンメントだって云われてたでしょ。だから、僕の企画はドラマツルギーに反してるって却下されたの。今だったら普通なんだけどね。少年漫画でもはじめから必殺技持ってるし。

冲方:そこ、ガガガ文庫では、突破して欲しいですよね。書く側にも、それから編集する側にも。
たいてい、こういう賞のうたい文句って「新しい風を求む!」みたいに書いてあるんですけど、ほんとに新しいことやると「キミぃ、これはちょっと…」ってことになるし…。

佐藤:そういう経験あるんスか?

冲方:もう、ずっとそうでしたよ(笑)。僕、3年間、仕事なかったですからね。『マルドゥック』だって、13人も編集さんまわったんですよ。全部ボツくらいましたけどね。

佐藤:それが、SF大賞とっちゃったわけだ。すげえ。僕、『マルドゥック』はじめて読んだときに、いきなり娼婦がこどもで出てきて、心の痛みを持っていて、でも基本はネズミとの交流物語で… ってこれは映像化難しいなって思いました。

神山:僕も読ませていただいて、一瞬、映像化しやすそうに思ったんだけど、これは難しいなって思いました。

冲方:それは、みなさんに言われましたね。しやすそうで、実は… っていう。肌触りの描写が多いんですけど、「あれは罠だ!」とか言われて(笑)。

佐藤:でも映像化する方は、逆にそういう方が燃えるっていうことですよね。

神山:そうだね。活字には活字の良さ、映像には映像の良さがあるんでね。それぞれ活かしたいよね。たとえばファンタジーは、活字メディア向きだと思うんですよ。実写映像だったら誰も見たことのないものを見せるってだけでもエンタティンメントになるって考えもあるけど、とりあえずアニメ向きではない。だって、アニメって基本的には全部作りものじゃないですか、その中でなにやってもあんまり伝わらない。アニメでファンタジーってド真ん中のように思えるかもしれないけど、実はそれほど茶番なことはなくて。だいたいファンタジーじゃなくなっちゃうわけ。作り物の中で作り物見せても。そこへいくと活字っていうのはいいんですよ。読者は想像する世界っていうのは常にニュートラルだから。

佐藤:頭の中で自分なりの形にしていってくれますもんね。

神山:シンパシーさえ掴めれば、不完全でいいわけですから。そういうところに活字の可能性っていうのはある。下手に映像化されたのを見せられると、しょんぼりだし。

冲方:伝説の剣ってこんなだったのか! とか(笑)。

新しいこと/お約束の壁

佐藤:僕はこの春までの1年間、ロボットものをやってたんですけど、ずっとロボットものの定義をぶっ壊そう、新しいことをやろうと思ってやってきたんです。でも、それが見てる人たちにとっては、すごいストレスだったらしくて。でも僕の言ってる“新しいこと”っていうのは、逆に現実では身近にあるもののことだったんですよ。世界設定はファンタジーだったんですけど、だからあえて食べ物とか服だとかは現代的にしたり、セリフもこういうやついるよねっていうものにしたり… そういうアプローチだったんですが、どうもあんまり歓迎してもらえなかったみたい。

神山:みんな、安心したいんだよね。前例がないものっていうのは、不安なんでしょ。でも、誰かがそこを突破しないと何も始まらない。そこは抗っていかないと。しかも、結局は一番最初に突破したヤツがおいしかったりするわけだから。

冲方:これまでの読者・視聴者がものを消費していくときに積み上げていった“お約束”の壁ってありますよね。この世界観にこの記号があるなら OK。ないなら NGっていう。この壁は、もう確実にあるんで下手に崩さないで、発展させたり、半分だけ新しい記号を追加したり… そのさじ加減は必要かも。

神山:一歩先行っちゃうとダメだけど、でも半歩先にはいかないと。

佐藤:映像の原作として小説を採用するってこと自体はどう思いますか?

神山:それは制作スケジュール上、仕方がない部分があるんだと思いますよ。全体の制作期間はものすごく長いんだけど、お話を作る部分に割ける時間っていうのは、ほんとに短いから。だったら、もともと時間をかけて練られている原作を持ってきた方が良いだろうというのは単純な話で。
でも、そういう意味では、実写に比べてアニメはわりと頑張っていて、なんとかオリジナルの物語・世界をつくろうとしてますよね。ここのところ、アニメが評価されているのも結局そういうところなんじゃないかな。

佐藤:冲方さんなんかは、逆にそこをつくるよっていう商売を発明されてるわけですね。ファフナーもアニメと小説が同時進行ですよね。

冲方:そうですね、ストーリー屋みたいなこと、やってますね。ストーリーからつくって欲しいと最初お話があったときには、僕がつくっちゃって良いのかな?とも思ったんですけど。

神山:これからも、そういう風にどんどん分業化していく可能性は高いと思う。ハリウッドなんかはもうすでにそうですよね。とすると、ライトノベルっていうのもね、ライトっていうくらいだし、そういうアニメや映像へのアイディアの元ネタがぽこぽこ生まれてくる場所っていうのが本来の使命なのかもしれない。

佐藤:ライトノベルの起源とも言われている、ソノラマが70年代にやっていたことも、そういうことでしたもんね。アニメの原作にも成り得る「クラッシャージョウ」があったり、アニメのノベライズである「機動戦士ガンダム」があったり。

神山:僕も、ガンダムのノベライズを中学生の頃に読んで、活字のおもしろさを知っていったクチだし、入り口としては全然アリなんだと思うよ。

佐藤:ガンダムでいったら、アニメーションでは絶対描かれない、お守りの中に陰毛が入ってるとか(笑)、そういうエピソードが入ってたりね。そういうのは、すごく楽しく読んだ記憶はありますよね。

神山:そう、あとは富野さんの精神論だったりね。そういうのは、活字で読む意義があるものだったとは思うし、だから、そういう流れが良いか悪いかっていうのはまた別な話なんだよね。ただ、そういうだけでは困る、と。

佐藤:今は、みんな入り口でみんなたまっちゃった状態、なんでしょうか。

神山:うん。その両軸ともがブレてしまっているせいで、中途半端になってるんじゃないの。そこでまた話を戻すと、その卵となるべきものが、どっかで流れてたアニメの映像汚染を受けてしまっているのは、やっぱりマズイわけですよ。それは完全に自家中毒起こしちゃってるわけ。その辺がライトノベルがその使命を担いきれなくなってしまった原因なのでは。このあたり、これから書こうっていう人には気をつけていただきたいですね。

以下、次へ続く!

冲方丁冲方丁
1977年2月14日生まれ。岐阜県出身。96年『黒い季節』で第1回スニーカー大賞・金賞を受賞し、デビュー。『マルドゥック・スクランブル』(ハヤカワ文庫JA)で第24回日本SF大賞を受賞。小説執筆のほか、アニメ、ゲームのシナリオ企画、漫画原作などの分野でも活動中。

神山健治神山健治
1966年3月20日生まれ。埼玉県出身。85年スタジオ風雅に入社。『アキラ』『魔女の宅急便』等に背景として参加。96年、プロダクションI.Gにて押井守が主催した押井塾に参加後、『人狼』演出『BLOOD』脚本『攻殻機動隊S.A.C』『S.A.C2ndGIG』でシリーズ構成と監督を勤める。現在は『攻殻機動隊S.A.C/SOLID STATE SOCIETY』『精霊の守り人』を制作中。



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2006年05月20日

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2006年05月22日 14:47
はじめましてなのにごめんなさい。ガガガ文庫編集部Hです。   ただいま、ガガガト...

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2006年05月20日 22:55
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